
今日は行方不明になった茶トラのことを書こうと思う。
茶トラを最後に見たのは6月4日だった。今日で半年。あれから全く姿を見ていない。
しばらくあちこち探し回ったけれど結局見つけることが出来なかった。
茶トラが我が家の敷地に来るようになったのは昨年の1月頃。
猫の気配があったので庭先に餌を置くようになって一番最初に食べに来た猫だった。
当時、生後8ヶ月くらいだろうか?まだ成猫にはなっていなかった。
猫は好きだったけれど飼ったことがなかったので、初めのうちは接し方がよく分からずに餌を食べている姿を
ガラス越しに見たり、
椅子の上に用意してあげた
タオルに乗る茶トラに一喜一憂していた。
少しずつ慣れてきて、背中くらい撫でることができるようになったある日、茶トラが家族の足にシッポをくっつけてきた。
嬉しくて日本にいた
eastに電話をかけてきた家族。当時はそれだけでも大事件だった。
それからだんだんと近づいてくれるようになり、足元に擦り寄って胴体をゴツンゴツンとぶつけて甘えるようになった。
気分が乗らない時は触ってもすり抜けてしまい、膝の上に乗ったこともなかったけれど、甘える時はこちらを見上げて「あうっ」と小さい声で鳴いてアピールする茶トラは、撫でてあげたりブラッシングをしてあげると目を細めて喜んでくれた。
今思うとお隣のシャム猫の側にいた時が茶トラにとって一番幸せだったのかもしれない。
昨年の8月頃、シャムの子供達と一緒に遊んだり、お昼寝したりする茶トラは幸せそうで、食事の時以外は隣の敷地にいることが多かった。
茶トラが隣の家の猫だったと知ったのはその頃だ。
お隣のシャム猫が事故で亡くなり、子猫達がケージに入れられてしまってからは、
玄関から家の中に入ってきて我が家の
ソファや床で寝ることもあった。寂しかったのかもしれない。
家の中の乗ってもらいたくないところに乗った時に大きな音を出して怒ると、小さく身をかがめながら目をぎゅっとつぶって耳を反らせている姿がなんとも可哀想で、でも可愛らしくて愛おしかった。
ある日、ケンカで鼻の近くを怪我して熱を出した茶トラが外に出たがらずソファで寝ていたので
トイレを用意して一晩1Fで過ごさせたことがあった。
朝、階段を下りてきたら階段の前で座って待っていた茶トラ。
玄関ドアのほうへ歩いて行き、「出して」と訴えるのでドアを開けてあげると
すごい勢いで外に走って行って用を足していた。
茶トラは物静かでめったに鳴かない猫だったけれど、サバトラと比べると行動的でよく散策に行っていた。ゴハン時間に帰ってこない茶トラを探しに行くと、たいてい車の下に座っていたり道路を歩く茶トラを見つけた。
茶トラもこちらに気がつき、「お迎えだ!」と思うのか、あちこち寄り道しながらも後をついて我が家の庭へ帰ってきた。
外出していると玄関先で丸まって中に入れてもらうのを待っていることもあった。
茶トラがいなくなってから、玄関を開けて茶トラが来ないことにしばらくは慣れることが出来ず、なんとも空虚な日々を過ごした。
このブログを書くことも本当は3ヶ月前に考えていたけれど、もしかしたら帰ってくるかもという淡い期待もあったし、まだちゃんと文章に書けるほど気持ちの整理ができなかった。
そして今、我が家には7匹の猫がおり、その世話にてんてこ舞いだ。
最近、柄が同じ茶トラのサンとシーを見ていると、まるで茶トラのようで思わずニンマリしてしまう。
彼らが茶トラの
子供である可能性は限りなく低いけれど、上を見あげて鳴くシーや、普段はそっけないけれど甘えん坊のサンを見ていると、どこかで繋がっているのかもしれないな なんて思う。
残念だけれど、茶トラを左の紹介欄の「常連猫」から「旅立った猫」へ移動させることにした。
そして猫を飼う楽しさを最初に教えてくれた茶トラに、今までありがとうと言いたい。

可愛い茶トラ、野生な茶トラ、いろんな顔を持つ茶トラから楽しい時間をいっぱいもらった。
沢山の想い出をありがとう。