2匹とも通常は中庭で過ごすのに、今日はずっと玄関側で過ごしている。

中央のお花はハンニャがここで息を引き取ったためにお供えしているもの。
分かっているのか、今日だけはこの場所から離れない2匹。

そして、ほんの一時だったけれど2匹仲良く、くっついて寝ていた。
こんな光景は本当に久しぶり。
ハンニャが「2人とも仲良くしなきゃだめじゃん」なんて言ってくれたのだろうか・・
ずっと涙腺がゆるみっぱなしだ。
昨日のことだが、亡骸を葬る前にほかの子達と対面させた。
茶トラは中庭の鉄格子の上にいたのだが、
ハンニャの姿を見るとそろそろっと降りてきて
ハンニャのそばをぐるぐると回り、
ほっぺたに軽くキスしてくれた。
ハンニャは茶トラ兄ちゃんが大好きで、
よく後ろをくっついていたから
とってもうれしかったに違いない。
今日はずっとこんな調子の2匹。
ずっとこのまま仲良くしていて欲しい・・
ここからは過去のハンニャのことを少し書いています。
2月下旬、自分が日本に帰っている間にハンニャは我が家に来るようになったらしい。
4ヶ月半ほど前のことだった。
初めはお隣のフェンスからこっちを見て、餌が欲しくて「みゃーみゃー」鳴いていたそうだ。
やっぱりフェンスからの降り方が分からなくて、立ち往生しているところを家族が見かねて
餌を近くまで持っていってあげたことがきっかけ。
それから、だんだんと隣の家より我が家にいる時間が多くなり、
我が家の椅子の上で寝るようになった。
顔が可愛いという猫ではなかったけれど、しぐさや行動がたまらなく可愛かった。
初めから人間を怖がらずに、簡単に撫でさせてくれた。
餌の好き嫌いはなく、出されたものは何でも食べた。
他の猫より特に綺麗好きなのか、誰よりも毛づくろいに時間をかけていて、
真っ白な毛はいつもふわふわで綺麗だった。
でも頭や耳が痒くて掻き過ぎてしまい、よく頭の毛が剥げたり、血が出たりしていた。
猫じゃらし、ねずみのおもちゃが大好きで、遊んであげないと鳴いてねだったりしたことも。
そのうちに少しずつ大人になったのか、特におねだりはしないようになった。
また、いつのまにか夕食後は中庭より玄関側にいて、
他の猫がいないときに遊んでもらいたがっていた。
でも、触って欲しいわけではなく、見てもらっているだけで満足という感じ。
床に転がってみたり、人の股の間をトンネルに見立てて潜ってみたり。
虫を追いかけて何処かへ走って行ったり。
自分のことを見ていてくれさえいれば、別に撫でてくれなくても満足というような・・
サバトラや茶トラが自分を撫でて欲しいとアピールするようになっても
その性格は変わらなかった。
そして、玄関ドアを開けると、どこからともなく「みゃんっ」と走ってきたハンニャ。
亡くなる前夜、餌をあげようと玄関から出ると、
ハンニャの鳴き声がするのだが姿が見えない。
こっちが気づかないので、もう一声「みゃんっ」
向かいの家の車の下からこっちを見ていた。
目が合うと、うれしそうにこちらへ走ってきた。
今思うと、本当に最後に見つけてあげることができてよかったと思う。
こうして書いている間も、いろいろ思い出して涙が止まらないけれど、
いつか懐かしくハンニャのことを思うことができるようになればいいなと思う。




いつか懐かしくハンニャのことを思うことができるようになればいいなと思う。
涙が出ます。お気持ちよくわかります。思い出しますよね。
けれど、おっしゃるように、ハンニャのことを懐かしく思えるときがきます。それがいつになるかは、わかりませんが…。
と言いながら、やっぱりだめですね。僕も自分のことを思い出してしまいました。
ぼちぼちいきましょうね。
そしてこのブログを読んでくださった方へ
このブログを通して、皆さんに「ハンニャ」という猫が存在したことを
伝えることができて、本当によかったです。
多分、1歳に満たない猫だったと思うけれど、
マニラの片隅にこんな猫がいた ということを知ってもらえてよかった。
少なくとも自分は、このブログを書いてきたことによって
いろんなハンニャとの思い出を忘れることなく残すことができました。
そして、今の気持ちを書くことで、少し心が軽くなりました。
まだまだ、何かある度に想い出してしまうけど、
これからもたまに泣いてしまうかもしれないけど、
でも、忘れないで覚えていてあげようと思います。
一生懸命生きていた猫だったから。
そしてこれからは、残った2匹の猫を暖かく見守っていただけるとうれしいです。